子育て関連の読書記録です。
自分より子どもをと考えがちだけど、まずは自分が幸せに生きているかどうか。
育児の基本は、子供がその一生をとおして、よい人間関係を持ちつづけられるように育てることです。
よい人間関係を失ってしまうことがないように生きていけたら、健康で幸福な一生を過ごせます。
ですから、子どもたちを一生懸命かわいがって育ててください。どんなときにも愛してください。
まず大切なことは、子供が興味や関心を抱いたことをできるだけ尊重することだ。
大人の価値観で「そんなものは役に立たない」とか「こういうものに興味を持て」などレールを敷きすぎないこと。
むしろ「そういうものに興味があるのか」とおおらかに共感して応答することが必要だ。
なるべく早めに少しずつ話していきたいため購入。
そもそも本は、ひとつの道を自分でたどりながら読み、内容が理解できていく、そのことがおもしろいのです。
「本を読むことは、自分の考え方を育てること」です。
だれか偉い人がいっていたからとか、テレビでいっていたからとか、判断を他人に任せるようではつまらないではありませんか。
自分で考えるためには、日ごろの訓練が必要です。
頭のやわらかいうちに、たくさん本を読んで、世の中にはいろんな考え方があることを知りたいものです。
本を読むことは、ひとりの仕事ですから競争にはなりません。
表面だけきれいにするお化粧に比べて、本を読んでいることは、ほかの人にはわかりません。
けれども心の中は美しくなり、ひそかに誇りを持つことができるのです。
知識の詰め込みの反復練習は、反射的に答えるから判らない場合は判らないと答えるようになり、これが癖になる。
自分で自然の内に学習した場合は判らないとは言わず、思考しようとする。
強制的に学習させることは避ける。
親自身が受けてきた教育の中で、苦しんだのはどちらかというと詰め込み教育だった。
事実、知識を先に詰め込んだ場合、知能はのびない。
知識より、子どもの体の健康や心の健康を大事にする。
習い事をどうするか悩んだ時に。
女の子と男の子での違いがあるようなので把握するために。
これは反復して読んでいる本。振り返り、子供のために何か一番良いか。言葉選びなど参考に。
子供の考える力をつけるには親はどうすれば良いのか。参考になる本。
まだ読むのは早すぎるけれどかなり心に響く本。
第一に親である自分が幸せに生きることが大切であり、その上で自己肯定感を高められるよう育てていかないといけないなぁと。
子育てをするとき、私たち親が目指すべきは子供の未来です。
今の子供がどうであるか以上に、子供が成長した姿を目指して子育てをしなければなりません。
今、親がやっていることの延長線上に、本当の子供の幸せがあるかどうかを、一度立ち止まって考える必要があります。
子どもの自立をサポートできる親は、親自身が自立していて、子供から必要とされなくなることを恐れない人です。
子どもの人生を支配し、そこに頼るのではなく、生きるべき自分の人生をもっている人です。
ヘルプはできない人のために、その人が代わってやってあげること。
ヘルプする親は、子供から、自分で考え、管理し、選択し、成し遂げる喜びを奪っていることに気づいていません。
それらの喜びは子供に属するべきものです。もし親が喜びを求めるなら、それは親自身の人生でつくらなければいけません。子供の人生を利用してはならないのです。
子どもに生きがいを求めることは、子供のいきいき輝く人生を犠牲にして、自分の充実感を得ることにほかなりません。
そのとき親が愛しているのは、子供ではなく、親自身なのです。
もしあなたが働いている親であるなら、働いていることを子育てにおける何かの言い訳にしないでいただきたいと提案します。
働いていることを言い訳に使う人は、きっと職場では、子育てを仕事上の責任がとれない言い訳に使います。子育ても仕事もしながら、どちらも根を張っていないのです。
どちらにも根をおろさない親は、どちらも中途半端で、だから子供は親の不在に寂しい思いをするのです。
中学受験用の塾ごとにそれぞれ特色が違う。
勉強ができない子は放置され進んでいく厳しい塾もあれば、基礎学力を徹底的につける塾もあり。
*中学受験のメリット・デメリット
メリットは、子供の学力・精神の成長。しかし全員がこれを経験できるわけではない。
最大のデメリットは、中学受験に向いていない、学力的にというより、
成熟度が低くて受験のタイミングではないのに無理やり受験させることによって、「親子関係が崩れる」「子供のトラウマになる」「親も子も”うちの子(自分)はこの程度”」と思い込んでしまうこと。
まずは向き不向きをしっかり保護者が見極めることが大事。
中学受験への動機はお母さんの中高一貫校に対するイメージが大きく影響している。
中高一貫校へのポジティブなイメージの背景には、公立小中学校に対する「不安」がある。
ゆとり教育実施時に広まった学力低下のイメージは色濃く残っており、「高校・大学に進学するためには勉強量が足りないのではないか。」と考えることが多い。
基本的に小中学校で教える先生というのは、教育養成の大学を出ていて、そこで教えられていることというのはほぼ均一化されている、特に理数系に関しては非常に弱い。で、間違った事まで教えている。しかも英語も喋れない。
普通の小学校に入れても、6年経っても英語をしゃべるようにはならない。
今の日本の教育システムが本当にまずくなった理由は、多様性が失われたから。
多様な子どもの才能は伸びにくくなる。才能をつぶして均一化しようをするから。
*丸投げ思考について
塾だけではなく私立の一貫校にいれたいというのも丸投げに近い。
そこにいれたらあとは放っておきゃいいと思っているのだけど常に自分が関与しなければいけない。
丸投げ感が加速してきたと感じるのは、今大学附属の中高一貫校にどんどん人気が集まっているところ。
もう完全な丸投げ、大学を卒業するまで。
大学は少子化で経営がみんな危なくなっているので囲い込みを始めている。
いいところに気づいたわけです。丸投げしたいと思っているから、じゃあ丸投げしてもらおうというわけです。
もしそんな学校で10年間過ごしたらどうなるか。丸投げとはどんな結果になっておかしくない。
*学校での教育が期待できない場合
頻繁にちゃんと子どもと会話することが重要。
子どもにいろいろな問いかけをする。
場合によってはちょっと意地悪な質問をしてみたり。子どもがちゃんとそれに気づくかどうか。
家庭内というのは、言語を育む場所。
子どもの探求心を育てる。そのためには親が探求できなければならない。
読書により多様な作者や登場人物の視点に触れ、それを自分の中に取り込んでいくことで、人の気持ちがわかるようになり、自分自身の偏りにも気づくことができるようになる。
それと同時に、物事を多角的に検討し判断することができるようになっていく。そうした知的発達は、当然ながら学力の向上につながる。
読書によって知らない世界に触れ、心の世界が広がっていく。本を読めば読むほど心の世界はどんどん広がっていく。知らないことを知ると、新たな疑問が湧き、さらに知りたくなり、本を読む。するとさらに知りたいことが出てくる。
小学生のレベルを超えた語彙のほとんどは話言葉でなく、書き言葉の中に出現する。
ゆえに、本を読んでいないと、小学生レベル以上の語彙を身につけることができない。
「だって、そんな言葉、友だちとの会話で使わないし、LINEでも使わないし」
という学生の言葉は、まさに的を射たるものと言える。高校生や大学生でも、日常会話で用いる言葉は、小学生高学年の児童とほとんど変わらない。
子供の頃からタブレットをいじったり、コンピュータゲームをしたりして遊び、中高生時代にはSNSやインターネットで時間を潰す。そうしているうちに本を読めない脳になってしまったのかもしれない。この様な事情に気がついたとしても、大学生から改めて読書習慣を身につけるのは困難を極める。知的発達のために本を読もうと心に誓っても、読解力不足のためどうしてもつまずきやすい。
でもそうなってしまったのは、本人だけの責任とは言えない。
子供時代に読書習慣が身につくような環境になかったということがあるはずである。
つまり、読書習慣が身につくような環境調整をしたり刺激を与えたりしなかった親の責任も大きいと言わざるを得ない。
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